前回の記事では幼少期の頃から周りとの違和感を感じながら生きてきたことについてお話をしました。小学校、中学校、高校は周りとの違和感を埋めるよう気をつかいながら生活をしてきました。
目次
相変わらず実技系科目は苦手なまま
高校生になっても相変わらず実技系科目は不得意なままでした。
体育の授業では、「走り方のフォームがおかしい」「ボールの投げ方がおかしい」「泳ぎ方のフォームがおかしい」等、とにかく周りと比べて動作がぎこちないことを頻繁に指摘されました。
理科の実験ではあたふたして遅れをとり、事前に実験の流れを予習できても実験器具の使い方までは予習できず、いざ本番で実験器具を使ってみれば使いこなすことができず、授業時間内に実験を終わらせることができませんでした。
当時はネットの情報を見るたびに、自分が発達障害にあてはまるような気がしてなりませんでした。家族や周りの友達にも相談することができなかったため、インターネットを通して発達障害に関する情報を集めたり、自分自身が感じる苦しみや悩みをインターネット上で吐き出していました。
将来に対する不安
学年が上がるに連れて、次第に将来の仕事について意識しなくてはならなくなりました。
高校3年生になる頃には自分の将来のことを真剣に考えなくてはならない時期です。本来ならば、「どこどこの大学を受験して、将来は~になるんだ!」など、希望溢れる時期ですが、当時の私にはそんな希望のかけらもありませんでした。高校生の頃には自分自身のことがある程度わかってきます。周りとの温度差や、生きづらさ、不器用な自分が、「将来まともに仕事なんかできるのだろうか?」と働くことに対して漠然とした不安を抱えていました。
大学生になったらアルバイトをしなくてはならない環境でしたが、アルバイトをすることに対しても、まだ体験したこもないはずなのに恐怖感しかありませんでした。
悩みに悩んだ結果、理系の大学に進学することに
高校3年生になりいよいよ将来の進路を決めなくてはならなくなり、真剣に悩みました。「将来の夢が沢山あるから何にしようか悩む」というポジティブな悩みではなく、「こんな自分が就職なんてできるのか?まともに働けるのか?」というネガティブな悩みから、「とにかく就職しやすい大学に入学しなければ!」という気持ちになっていました。
高校生の私が将来の職業選びで真っ先に思い浮かんだのが公務員でした。公務員に対する漠然としたイメージから「公務員だったらこんな自分でも働けるのでは?」と思っていたからです。しかし、最終的には「就職に有利な理系大学に行き、じっくり考えよう!」という問題を先延ばしにする結論に達し、理系の大学に進学することになります。
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